ぬかるみ読書録

電子書籍で読んだ商業BLの感想をぬるぬると更新するだけのブログ。

『ノーモアベット』一穂ミチ(イラスト:二宮悦巳)

 

ノーモアベット (ディアプラス文庫)

ノーモアベット (ディアプラス文庫)

 

東京湾に浮かぶ日本初の公営カジノNew Marina Bay。都の広報職員として出向している逸はディーラーの一哉とは家族同然の従兄弟同士。けれどここ数年、顔を合わせれば言い争いばかりで、どう接していいのかわからない。自分と母を置いて世界中のカジノを飛び回っている父への反発もあり、父への反発もあり、父と同じ道を選んだ一哉に対してどうしても素直になれない逸だけど……? 全てを賭けた、一世一代の恋の大勝負開幕!

収録作品:「ノーモアベット」「レットイットライド」、あとがき(※表紙&挿絵イラストあり)

感想:

悪くないんです、まったくもっと悪くないんです。でも、著者が一穂ミチさんだと思うと、ちょっと物足りない気持ちになってしまうので、結果的にはわたしの一穂さんへの期待の高さを思い知らされた一冊です。

カジノ法案云々がマスコミを騒がせる今日この頃、東京都が沖合に設置したカジノを舞台とするこの作品は、ファンタジーなようで、リアリティも感じさせます。あくまでラブストーリーであるBLの世界では、リアリティはある程度軽視されがちだし、それも仕方ないことだと思います*1。そんな中で一穂さんの作品にはちゃんと「働く人(や生活する人)と働く場(や生きる場所)」を軽視せず、日常の風景や心情を詳細に描くリアリティへの誠実さを感じます。作品の一部に、わたしが良く知る業界の一部が取り上げられているのを読んだことがありますが、取材や調査、洞察もかなりしっかりしているように思いました(あれを万が一勘で書いているのだとするならば、常人ではないです)。

というわけで、カジノ法案や実際のカジノ、ギャンブルのあれこれについてしっかり描かれているのです。逆にいえば、しっかり描かれすぎているのです。

兄弟のように育ったいとこ同士の逸と一哉。彼らが秘めてきた想いの発露と「大きな賭け」、設定も、ストーリーも悪くはないんです。ただ、題材が一般に(少なくともわたしには)馴染みの薄い「ギャンブルとしてのポーカーゲーム」で、それがストーリー進行上の大きなキーとなっており、しかもポーカーのルールはそう単純でない。誠実すぎて真面目すぎる書き手は、ポーカー勝負を丁寧に描きすぎているように思います。そして、枚数との兼ね合いもあったのかもしれませんが、ポーカーの説明にページを割きすぎた分、逸と一哉が違いを意識するようになったきっかけや、その心の揺れが、十分に描かれていないように思えました。

本来は逸と一哉の、恋愛面での大きな駆け引きであるはずのポーカーの大勝負。それが、ポーカーのルールやゲーム進行が詳細に描かれているからこそ、ポーカーに興味ない読者としては目が滑るのです。ゲーム進行がそれなりのページ数をとって描かれる間、本来なら登場人物と一緒にドキドキすべきところ、完全に目が滑って「よくわかんないけどスリリングな駆け引きが行われてるんだな」で流してしまうのです。

本編もあまり長い話ではなく、番外? 続編? である「レットイットライド」にもある程度の分量が割かれています。だったら本編にもっと十分なページ数をとって、ポーカーの説明以上に逸と一哉の馴れ初めにわだかまりに心の動きを描いてくれればもっと良かったのに、そんな贅沢な気持ちを持ってしまった一冊でした。

 

↓↓ 一穂ミチさんの他の作品の感想も書いています ↓↓

*1:リアリティを軽視することで面白い作品が生まれることも、当然ながらあるわけで、そういう面も否定したくはありません。