ぬかるみ読書録

電子書籍で読んだ商業BLの感想をぬるぬると更新するだけのブログ。

『「す」のつく言葉で言ってくれ』高野ひと深

ナルシストな元生徒会長・北橋の悩みは、自分のことが「好き」(に違いない!)な生徒会の後輩・乙坂が告白してこないこと。乙坂の大学進学を機に同居が決まり、いよいよ告白か!?と思いきや、乙坂に「ゲイ仲間」だと勘違いされる事件が発生!? 更に、恋愛対象外宣言までされてしまい――!? 本心が見えない謎多き後輩×妄想気質な愛され系会長のハイテンション&ピュアな恋愛奮闘記! 

収録作品:「「す」のつく言葉で言ってくれ」「(描き下ろし)鈍色の日々」「フラッシュノイズ」、あとがき、電子限定描き下ろし(イラスト)、カバー下(設定ラフ)+アニメイト特典ペーパー(1ページマンガ)

感想: 

これはいい! 序盤、思い込みの激しいナルシストな北橋の勘違いが炸裂し、このまま天然くんのドタバタ喜劇で進むのかと思いきや、乙坂の背景が明らかになるにつれて雰囲気が変わってきます。あくまでテンポ良いコメディタッチがベースなのですが、少しずつ登場人物それぞれの切実な思いが挟まれるようになり、軽さと重みのメリハリの効いたスリリングな展開に飲み込まれました。

で、何がいいって、それは北橋会長ですよ。基本はド天然のポジティブナルシストなのですが、とにかくいい子。見ていて心が痛くなるくらいいい子。最初は「若干うざいかも」と思っていたキャラクターが読み進むにつれて、健気で可愛くて切なくて。不憫でちょっと面倒くさい乙坂ももちろんわたし好みのキャラなのですが、最強レベルの健気受かつ男前受である会長の前にはすべてが霞みます(そして、第4話の扉絵の衝撃の前にもすべてが霞みます)。

乙坂は乙坂で拗らせた面倒くさい人間で、だからこそ北橋の明るさに救われるのでしょう。一方で北橋の明るさポジティブさも多分の虚勢をはらんでいて、自身の弱さを認めて思いの丈を乙坂にぶつけることで、北橋にも救われる部分はあるのでしょう。濡れ場的な意味では控えめな一冊でしたが、読後はお腹いっぱい恋愛マンガ読んだ! という満足感でいっぱいです。表情や体の描き方が色っぽいので、多分濡れ場描いてもお上手だと思うんですけど、そのあたりはまあ今後に期待ということで。

「鈍色の日々」は高校時代の乙坂のちょっと暗めなお話。「フラッシュノイズ」は幼馴染が同性の先輩と付き合いだしたことに動揺する高校生の甘酸っぱい短編で、こちらもやや個性的な設定と展開がとても良かったです。

若干粗さはあるものの絵はしっかりしていて、何より登場人物の表情が豊か。心情描写は言うまでもないですし、全体の構成から台詞回しやコマの見せ方といった細かな部分までまんべんなくお上手だと思いました。今後もチェックしたい作家さんです。