ぬかるみ読書録

電子書籍で読んだ商業BLの感想をぬるぬると更新するだけのブログ。

『VOID』座裏屋蘭丸

刷り込まれた記憶を、愛は、超えることが出来るのか ――。マキの元にやってきたヒューマノイドのアラタは、容姿と記憶の一部をコピーしたハイスペックな【愛玩タイプ】。しかも最初に見た人間を好きになり依存する【すりこみ機能付き】。すりこみ機能により愛情を示すアラタを、マキは嬲るように抱く。 「ちゃんと愛して欲しい」とアラタは涙目で訴えるが、マキの心には決して融けない「永久凍土」があり……。

収録作品:「VOID」「(描き下ろし)epilogue」

感想:

デビュー作『ペット契約』を読んだときは、上手いけどちょっと癖が強いなという印象を受けた座裏屋さんですが、その後、ご自身の作風と一般的なBLっぽい表現やキャラクター造形をいい感じに擦り合わせて、個性的かつ間口も広い作品を描かれるようになってきたように思います。これまでは短編と連作(「眠り男と恋男」)しか読んだことがなかったので、長編ってどんな感じだろうと楽しみにしていました。

マキがアラタに当初感じる苛立ちも、何も知らないアラタが、マキの心にいるレンを羨ましく思う切なさも、愛情を自覚した後マキがアラタに感じる「これはただの刷り込みなのかもしれない」という焦燥も、読んでいてヒリヒリくるくらい。恋愛やエロスの要素はもちろん、かつてマキを裏切った恋人で、かつアラタを作る際のモデルとなったレンとマキの関係や、レンの行く末が話の中で少しずつ明らかになっていくのでサスペンス的な面白さもあります。

絵、ストーリー、エロスどの点とってもクオリティが高く隙がなさすぎて、読み終えた後の満足感というか脱力感は何とも言い表すのが難しいくらい。あまりこういう言い方は好きではないけれど、エンタメとしてのBLではない、なにか高尚なものを読んだような気分にもなります。古き良きJUNE的な耽美要素、海外スラッシュ的な尖った表現、マスにも届くポップなBLっぽさ、すべてを絶妙なバランスで兼ね備えて、他にないものを描ける作家さんなので、次の作品も本当に楽しみです。

紙でBLは持たない主義にも関わらず、この作品は紙書籍も買ってしまいました。18禁版の紙版コミックスは完全受注生産で、電子では修正版しか出ないという方針が事前に公表されていたので、どうしても我慢できなかったのです。紙書籍は棒線での修正でしたが、電子版は完全に局部白抜き。もちろん作品としての素晴らしさも絵の美しさも、白抜きでも十分高いクオリティなんですけど、やっぱり座裏屋さんの漫画はできるだけ修正少ない状態で読みたいです。エロ目線もないわけではないですが、あれだけ美しい画面にぽっかり白抜き部分があるというのは実に不自然に感じてしまいます。

暴力や性表現と年齢制限の問題は、さらに商売としての効率性まで考えると様々な難しさがあるのだと推察します。そんな中、体当たりで良い方法を探ってくれる作家や出版社はありがたいですし、読者としてもせめて買い支えることで支援できればと思います。