ぬかるみ読書録

電子書籍で読んだ商業BLの感想をぬるぬると更新するだけのブログ。

『俺の人魚姫』(作画)雪居ゆき(原作)ARUKU

中学を卒業して以来、近所の消しゴム工場で働く道雄。彼は吃音のコンプレックスがあり、友人も作れずに孤独な毎日を過ごしている。唯一のあたたかい思い出は、昔、悠馬にいじめっ子から助けてもらったこと。悠馬は良い学校を卒業し、今やタイヨー文具の若き常務となった。工場に現れる悠馬を、道雄は時々遠くから見つめるだけ…。しかし工場ではストが起き、爆発騒ぎにまで発展、その事故によって悠馬は視力を失ってしまう。悠馬のことが心配でいてもたってもいられない道雄は、そっと悠馬に花を届ける。そんな「名無しの君」に悠馬は信頼を寄せ始めるが……。

収録作品:「俺の人魚姫(全4話)」「ダリアの恋(読み切り)」コミックス描き下ろし(「俺の人魚姫」後日談1ページ)、あとがき(1ページ)。電子書籍限定カラーイラスト 

感想:

雪居ゆきさんという漫画家さんは初読でした。原作のARUKUさんは絵の癖が強いため好き嫌いは分かれますが、独特の世界があり熱心なファンが多い方。それだけに、作画をされるにあたっては難しさもあったのではないかと思います。全体としてきれいにまとまった良作でした。

ARUKUさんといえば貧乏不憫受! 表題作の主人公も貧しい家庭に生まれ育った中卒の工員です。しかも吃音がコンプレックスで、ほとんど人前で口をきかないという不憫の固め打ち、「杜松道雄(ねずみちお)」という名前と地味なキャラクターがあいまって「ねずみ」と呼ばれています。そんな彼がひそかに憧れるのが、近所の豪邸の御曹司であり勤務先の重役である悠馬。子どもの頃ただ一度いじめから救ってくれたことをきっかけに抱くようになった恋心を胸に、決して高望みするつもりもなく見つめるだけの日常ですが、悠馬を襲った事故をきっかけに少しずつ関係が変わっていきます。

基本的にはARUKUさん的設定でありつつ、描き出すにあたっては雪居さんの持ち味が生かされているのか、柔らかく繊細な王道少女漫画的仕上がり。清純に見せかけて性悪な女性敵役や、なんだかんだとお人好しな当て馬。正直王道すぎてひねりのない気もしつつ、たまにはベタベタな身分差メロドラマも悪くありません(わたしが黒髪不憫健気受が好きなので、ちょっと点が甘いのかもしれませんが)。最初はあまり好みでなかった絵柄も、作画の丁寧さもあって読み進めるにつれて違和感がなくなりました。当て馬の柏原くんは、もうちょっとかきまぜてくるかと思ったらひたすらいい奴すぎて不憫だったので、早くいい人とめぐり合ってくれるよう心底祈っています。正直悠馬より柏原の方がいい男だと思うの……。

同時収録の「ダリアの恋」は太平洋戦争前後の旧家の息子(継母に冷遇される肺病持ち)と、劣情を抑えつつ彼に仕える使用人の話で、こちらも王道ですが近代浪漫好きなのもあって楽しめました。表題作より少し前の作品のようですが、絵の雰囲気はやや異なっていて、表題作が王道少女漫画っぽいのに比べるとこっちは少し前(『野ばら』あたり)の雲田さんっぽい少しレトロな雰囲気です。

ちなみに濡れ場は少なく絵的には控えめですが、そこそこ色っぽく感じました。全体として、ARUKUさんのファンの方が読むと少し肩透かしな内容かもしれません。逆にARUKUさんの絵柄が苦手だった方や、予断のない方だと、及第点以上の一冊になっている印象です。